2026年7月10日
祇園祭〜屏風飾りの愉しみ
我が町、鯉山町は後祭に山が建ちます。後祭(21日〜23日)は還幸祭に向けて、後祭山鉾町周辺で宵山が3日間続く。24日には神輿が氏子町へ戻る道筋を清める為に後祭巡行を行います。今年の鯉山のくじは山一番を引き当てました!(縁起がいい!) 宵山の間、商家の軒先では屏風を飾ります。山本仁商店でも約40年ほど前から続けている恒例行事となっています。おそらく弊社十三代の仁三郎時代にも飾っていたでしょう。


江戸時代と平成の祭屏風
左:江戸時代 京都祭り屏風 (上賀茂神社競べ馬・祇園祭神輿)右(福井恵子作:「平成の祇園祭礼図屏風」)
今年の祇園祭の屏風は、江戸と平成、それぞれの時代に描かれた祇園祭の屏風を並べます。
祭りは、祈りから始まります。長い歴史の中で、祭りは時に、町の力を示すものとなり、また時の為政者の思いを映すものにもなってきました。
「祭りごと」という言葉が「政」に通じるように、祭りとは人々の祈りであると同時に、時代の姿を映すものでもありました。しかし、その奥にあるものは、やはり民の祈りではないでしょうか。災いが鎮まりますように。町が守られますように。家族が健やかでありますように。声高に語られることのない、小さな願いの積み重なりが、祇園祭を今日まで支えてきました。
平成の祇園祭礼図屏風について、宗教学者・山折哲雄先生は、華やかな山鉾巡行の姿だけでなく、その奥にある祭りの構造を見つめられました。屏風の中に描かれた無数の人々は、神仏や自然の前では、まるで米粒のような存在として浮かび上がります。人は小さな存在でありながら、それでも祈らずにはいられない。その心こそが、祭りの底に流れているものなのかもしれません。
江戸の屏風には、町衆の賑わいと、祭りを支えた暮らしの記憶が映されています。
平成の屏風には、祭りの形を一度解きほぐし、その深いところにある祈りの気配があらわれています。
今年は、その屏風の前に、大河ドラマ『豊臣兄弟!』の戦国の世を思わせるいくつかの気配を添えたいと、、、大河ドラマファンの私としては今から策を練っております。。。なんと!この時期に『本能寺の変』とは! 本能寺は私の母方のお寺でもあり、祖父(野口安左衛門)は大の祇園祭好き、勝手な縁を感じています。
天下を動かした人々の時代にも、町に祭りがありました。
武将の思惑を越えて、民の暮らしがあり、家族を思う心があり、
災いを鎮めたいという祈りがありました。
祇園祭は、時の権力を映しながらも、最後には民の祈りへと還っていく祭りです。
屏風に映る祭りの姿。
時代を越えて祇園祭を作り上げてきた、人々の祈りを感じていただけましたら幸いです。
山本仁商店 山本佳陽子